太宰治文学碑

小説「津軽」

......木造から、五能線に依
って約三十分くらゐで鳴澤、鰺ヶ澤を
過ぎ、その邊では津軽平野もおしまひに
なつて、それから列車は日本海岸に沿
うて走り、右に海を眺め左にすぐ出羽
丘陵北端の餘波の山々を見ながら一時
間ほど経つと、右の窓に大戸瀬の奇勝
が展開する。この邊の岩石は、すべて
角稜質凝灰岩とかいふものださうで、
その海蝕を受けて平坦になった斑緑色
の岩盤が江戸時代の末期にお化けみたい
に海上に露出して、数百人の宴会を
海濱に於いて催す事が出来るほどのお
座敷になつたので、これを千畳敷と名
附け、またその岩盤のところどころが
丸く窪んで海水を湛へ、あたかもお酒
をなみなみと注いだ大盃みたいな形な
ので、これを盃沼と稱するのださうだ
けれど、直径一尺から二尺くらゐのた
くさんの大穴をことごとく盃を見たて
るなど、よっぽどの大酒飲みが名附け
たものに違ひない。この邊の海岸には奇
岩削立し、怒涛にその脚を絶えず洗
はれてゐる。と、まあ......

  • 深浦町・北金ヶ沢字榊原・千畳敷
  • 平成5年7月30日建立